スロベニアは20,273㎢と日本の四国ほどの面積で、ヨーロッパでは12番目に小さい国となっていますが、市町村などに分けると、なんと200程の地方自治体があります。 東北地方、近畿地方、などと 日本にも国を分ける地域名がありますね。 もちろんスロベニアにもありますが、面白いのは伝統的あるいは 歴史的 、そして 地理学的 に呼び名と区画が分かれていることです。 今日は歴史的区分についてお伝えします。 歴史的区分 スロベニアで日常的に使用されている区分は歴史的区分になります。例えば、「どこ出身?」と聞くと「〜地方出身です」と地方で出身を表すこともあるくらい。ニュースでもよく使用される区分です。その区分は以下のとおり主に6つに分かれています。 Gorenska (ゴレンスカ) Dolenska (ドレンスカ) Notoranjska (ノトランスカ) Štajerska (シュタイェルスカ) Primorska (プリモルスカ) Prekmurje (プレクムリエ) 写真:Živimo v Sloveniji : Georgrafija za 8. razred osnovne šole の14pから. オーストリアの区分。現代はまた異なる区分になっています。 緑の部分、青い部分、ピンクの部分、また何も色がついていない文字がそれぞれ地図の場所になります。 この地域名は、ハプスブルク帝国、後のオーストリア=ハンガリー帝国が正式にスロベニアをこのように分けて呼んでいたことに由来しています。14世紀には、今日のスロベニアの領土はハプスブルク帝国に占領されてしまいました。その後に、区域が クラインスカ 、 シュタイェルスカ 、 コロシュカ 、 ゴリシュカ 、 イストラ 、 トリエステ (今はプリモルスカとなっていますが、今はトリエステはイタリア、イストリアの南部はクロアチアとなっています。領土が時代ごとに変わっていくのですが、今後記載していきますね。) と分類されました。プレクムルスカはハンガリー側の領土にあったんです。(複雑ですよねー) スロベニ人は地域別に、プリモルスカ人(primorci)、ゴレンスカ人 (gorenci)、シュタイェルスカ人(štajerci)と今でも言ったり
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